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ウィーン国立歌劇場

モーツァルト、ベートベン等を輩出した「音楽の都」ウィーンには、国立のオペラ座「ウィーン国立歌劇場」があります。

オペラ発祥の地・フィレンツェのある北部イタリアまで領土を広げたハプスブルク帝国が、帝都・ウィーン発のオペラ座として国の威信をかけて1869年に設立しました。

その後、ヴァーグナーやシュトラウスなどの音楽家を輩出し、かつ精力的な上演活動を通じて、本家イタリアをしのぐ人気を誇り、今日でも世界のオペラをリードする存在です。

また、専属の「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」が、世界的なオーケストラである「ウィーンフィルハーモニー」の母体であることでも有名です。

娯楽と文化として
歌劇場では、オフシーズンの7-8月を除く10か月間、毎日日替わりで公演が開催されています。(オフシーズンには、上流階級たちの舞踏会・オープンバルなどが開催されます。)

歌劇場は民営ですが、政府のバックアップにより年間予算の半分が公的資金で賄われるためか、鑑賞料金が4ユーロ(500円ほど。立ち見席)~とリーズナブルなものに抑えられています。さらにパブリックビューイングによる無料公開も実施しているため、ウィーン市民が手軽に楽しめる娯楽となっています。

また、演者や舞台スタッフ、オーケストラメンバーは、歌劇場にフルタイム正社員として直接雇用されます。
正規の職業として生活の安定が図れることから、次世代のスターが育ちやすく、文化・技術の継承と世代交代もスムースに進む利点があります。

オペラ自体はドイツ語が中心ですが、座席に備え付けてある多言語対応タブレットによって、公演中いつでも解説を見ることができるため、ドイツ語に詳しくない観客でも楽しめるように工夫されています。

時代と文化の混在
第二次世界大戦では、空襲によりステージに爆弾が直撃し、衣装や脚本等も含め8割の施設・備品が損失しました。

一方、音響効果を意識して作られたステージの構造(※)のおかげで、ステージの反対側にある玄関部分を中心に、全体の2割は辛くも残存しました。
(※)マイクなしでも音が通るよう、空気が蓄積する構造のため、炎がステージ内にとどまった。

戦後は、別の劇場を仮の拠点としてゼロから再出発しました。その後、戦火を免れた設備を受け継ぎつつ、寄付などによって1955年に再建しています。


中に入ると、ゴージャスな装飾に彩られた正面玄関は戦前、シンプルな作りの楽屋や喫茶室は戦後のもの、と境目がはっきりしているため、美術や歴史に詳しくない方にも違いが一目瞭然です。

毎晩の公演の他、各公演の合間である日中には、舞台裏を見学できるバックステージツアーが開催されていますので、ご興味のある方はぜひ。
(ドイツ語・英語に比べると数は少ないですが、日本語ツアーもあります。)

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