茶人として日頃から抹茶に接する機会が多いですが、「茶」という広いカテゴリーの中では、煎茶や玉露も好きです。特に玉露のように甘みの強いものが好みで、多少割高でもついつい手が伸びてしまいます。抹茶は点てる手間がかかるため、どうしても日常的に飲むにはハードルが高いですが、煎茶や玉露なら茶葉を急須に入れてお湯を注ぐだけなので、手軽に楽しめます。
そんな玉露を飲むにあたって、ずっと「これだ!」と思える湯飲みを探していました。抹茶茶碗は茶道の点前で使いますが、ほとんどが陶器、つまり焼き物です。だからこそ、湯飲みも焼き物にこだわりたいという思いがあり(笑)、良いものを見つけるまで妥協せずに探し続けていました。
織部焼との出会い
先日、ふと立ち寄った店で、中古市場に出回っている織部焼の湯飲みを見つけました。箱付きで保存状態もよく、手に取ってみるとずっしりとした存在感がある。茶道でも織部焼の茶碗や菓子器を使用することもあり、なじみのあるものでしたので、しばらくこの湯飲みと対峙していました。
元来、衝動買いをあまりしない性格なのですが、その場でじっくり観察し、手に触れて家で玉露を飲む姿を想像し……と、店先で怪しい妄想を繰り広げること約20分(笑)。手ごろな値段だったこともあり、これは運命かもしれないと購入を決意しました。
織部焼とは
織部焼は、桃山時代に登場した日本の伝統的な陶器のひとつで、茶人でもあった武将・古田織部によって広められたとされています。特徴的なのは、鮮やかな緑の釉薬と、歪みのある大胆なデザイン。一般的な茶器とは異なり、遊び心や個性を大切にする美意識が感じられます。織部焼は、その自由な発想とユニークな造形で、茶の湯の世界に新しい風を吹き込んだ焼き物といえるでしょう。
古田織部は武家茶道のさきがけである織部流の流祖、かつ柳営茶道(徳川将軍家で広まった茶道)の礎を築き、初代将軍・家康、二代将軍・秀忠が織部から指南を受けていたことでも有名です。石州流の流祖・片桐石州も織部の系譜をたどり、四代将軍・家綱の時代に柳営茶道の指南役として出仕しています。石州の茶の湯には、織部の自由な発想や美意識の影響も少なからずあったとされています。ですので、自他ともに認める石州ファンである私の師匠は、結構な数の織部焼の茶器を保有しており、稽古でもよく使わせてもらっています。
なぜこれを選んだのか?
この湯飲み、美濃陶芸の伝統工芸士である赤根真次さんの作品とのことですが、実は私は緑よりも青が好きです。なので、緑の釉薬が特徴的な織部焼より、青色の美濃焼のほうが本来の好みに合っています。ところが、この湯飲みを店頭で手に取ったとき、中を覗いてみると理想的な青色が広がっていました。「飲むお茶が触れるのは内側の青色だし、問題ないか……」と、謎の理論を自分に納得させ、購入(笑)。
デザイン以上に気に入ったポイント
実際に使ってみて、デザイン以上に気に入ったのは、握ったときのフィット感です。指が当たる部分に意図的にくぼみが作られていて、自然と指が馴染むようになっている。結果として、グリップしやすく、手から滑り落ちるリスクが大幅に減っています。
織部焼の基本的なデザインをしっかり踏襲しつつ、細かい実用性の部分で工夫が凝らされています。奇抜なデザインだけを追求して使い手のことを考えないものよりも、伝統的なデザインを活かしながら使いやすさを向上させている器にこそ、職人の真の技が光ると感じました。
この湯飲みを手に入れてから、玉露を飲む時間がより一層楽しくなりました。やはり、茶器ひとつでお茶の味わいも気分も変わるものですね。これからも、自分にとって「しっくりくる」茶器との出会いを大切にしていきたいと思います。
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