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自分にちょうど良いもの


少し前ですが、太極拳の体験会に参加しました。

太極拳は、中国の伝統出来な武術の一つで、ゆっくりとした動きを続けながら、身体の軸や重心、呼吸などを感じていくものです。筋トレなど身体の一部をターゲットにした運動ではなく、全身の力をコントロールしながら重心移動を繰り返すため、現在では広く親しまれる健康法や生涯スポーツとしても盛んです。


初めて体験しましたが、実際にやってみると、力を入れて身体を動かすというより、自分の身体の動きを丁寧に感じながら動いていくような感覚がありました。


さて、太極拳そのものもよかったのですが、それ以上に心に残ったのが、呼吸についてのお話でした。



呼吸は本来、先天的なもの。

人にはそれぞれ、その人独自の呼吸のリズムがあります。


世の中には、ストレス解消や健康法などを取り入れた呼吸法がたくさんあります。

命に係わる、あるいはうつ病など病気による呼吸の問題は、治療をすることもあるだろうし、呼吸法を取り入れて健康を取り戻すことはあるでしょう。


一時的に深呼吸をして、緊張を和らげることだってあります。


ただ、特に問題がないのに、健康のため、瞑想のためと、頭で考えた呼吸法に無理やり変えてしまう必要はない。


先生のお話を聞いていて、ふと思いました。


自分に合ったものでいい。

自分にちょうど良いものでいい。


足るを知る。


もっというと、

「それでいい」と、自分の自然なものを信じること。


それもまた、一つの「道」なのかもしれません。

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