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11月, 2017の投稿を表示しています

Mishima Taisha Shrine(三嶋大社), Shizuoka

Mishima Taisha or Mishima Grand Shrine is located in Mishima city, Shizuoka. It worships "Mishima Daimyo-Jin (三嶋大明神)" which is comprised of two different deities; Oo-Yamatsumi(大山積: the great mountain deity)and Kotoshiro-nushi(事代主: the divine master of things). It is unclear exactly when the shrine was established, but at least it is thought to be more than 1,200 years old since the shrine's name is enlisted in the official list of shrines published by the imperial court about  1,200 years ago. Mishima=Izu islands The name "Mishima" means Izu islands(伊豆諸島)spreading out from Izu peninsula (in the east of Shizuoka Pref.) to the Philippine ocean. Most of the islands are protuberant submarine volcanoes and some of them are still active. In the ancient time, Mishima Taisha was considered a place of faith against the volcanic activities; eruption may harm peoples' lives, so they came to worship something divine to secure their safety and stop its eruption. ...

櫻井神社・櫻井大神宮

櫻井神社/大神宮は福岡県糸島市にあり、同じ境内に櫻井神社、櫻井大神宮という二つの神社が併設されています。両神社とも、福岡藩第2代 黒田忠之公の発願によって江戸時代に創建されており、日本の神社の中では比較的新しい部類に入ります。 創建の由来は、1610年(慶長15年)の6月1日未明に発生した大雷雨に遡ります。櫻井神社の伝記によると、嵐の最中、雷の一閃により岩戸洞窟の扉が開いて神霊が現れ、その後地域住民に次々と霊験あらたかな事象が発現しました。噂を聞きつけた藩主・忠之公は、二度に亘り使いを出して確認したところ、二度ともご神意に触れたため信仰心を深め、この岩戸洞窟の地に壮大な社を建てることを決意した、とあります。 忠之公はまず、岩戸洞窟より西南にある高台に神明造の神殿を2つ作り、各々に伊勢の内宮(アマテラス)・外宮(トヨウケヒメ)の分霊を祀る櫻井大神宮を1625年(寛永2年)に創始しました。その際、伊勢の神宮と同じく20年ごとの遷宮を実施することとしていましたが、1866年(慶応2年)の第13回を最後に、現在は途絶しています。 その7年後、1632年(寛永9年)に岩戸洞窟の神霊を祀る櫻井神社が建設されました。経年による傷みはあるものの、当時の社殿がいまも現役として使用されています。 「けがれ」を祀る神社 櫻井神社のご祭神は、神直日神(かむなおびのかみ:カムナオビ)、大直日神(おおなおびのかみ:オオナオビ)、八十禍津日神(やそまがつひのかみ:マガツヒ)の3柱です。神話では、亡くなった妻に会うために黄泉の国を訪れたイザナギが、黄泉から帰還後に川原で体を洗い清めていたとき、イザナギの体から離れた「黄泉の穢れ(けがれ)」を神格化したのがマガツヒ、その穢れを清める役目として発現したのがカムナオビ/オオナオビの2柱であったとされています。なお、八十禍津日の「八十」は数字ではなく、「数が多い」という意味です。 穢れというのは、物理的な汚れよりも「気枯れ(けがれ)」、つまり気分が悪くなったり、落ち込んでしまう状態を指します。神道では、我々の生活で起き得る様々な悪事や苦悩は、こうした気枯れによって引き起こされると信じられています。これを解消するために、人によっては神社でお払いを受けたり、祝詞を唱えたりします。 櫻井神社では、この「穢れ」を神様として祀っているので...

富士信仰

日本の山岳信仰は、信仰の対象である山の種類に応じて、ざっくり以下の2種類に分けられます。 ①浅間(せんげん)型 富士山、あるいは北越地方の白山や立山など、高く険しい山岳を神体山とする信仰。 ②神奈備(かんなび)型 大神神社(奈良県桜井市)の三輪山のように、平野部の小山や丘を対象とする信仰。 以上は山の種類で区別したものですが、これに山の役割や祭祀方法での分類を加えると、非常に多彩な信仰形態に枝分かれしていきます。山、そして人の数だけ、信仰があるのでしょう。 今回は、浅間型の山岳信仰の中でもっとも有名である、富士山を神格化した「富士信仰」、その中でもよく耳にする「浅間神社」での信仰(浅間信仰)について触れたいと思います。 浅間神社 浅間(せんげん)とは、富士山の古名です。もともとは、過去の山荘立てこもり事件で有名な長野県の浅間山(あさまやま)と同様、「火山」を示す名詞であり、やがて東海以東では富士山のことを特定するようになったと考えられます。 浅間神社は、東海を中心に点在する約1,300社の同名神社を指し、静岡県富士宮市にある「富士山本宮 浅間大社」がその総本宮とされています。主祭神は、富士山の山頂に鎮まるコノハナサクヤヒメ(浅間大明神)であり、多くの場合、縁のある神様(夫・ニニギノミコト、父・オオヤマツミ等)が配祀されています。 また、浅間大社には本殿がありますが、神社によっては本殿を持たず、富士山自体を拝み奉る祭祀を行うところもあります。 なお、富士山の八号目以上は浅間大社の社有地であり、山頂には奥宮があります。また、火口周辺は「大内院」とよばれ、最も神聖な場所として一切の立ち入りが禁止されています。(そもそも、富士山は現役の活火山ですので、火口に近づくこと自体が危険です。) コノハナサクヤヒメ 漢字で「木花咲耶姫」(日本書紀)と表わし、見目麗しい桜(木の花)の化身とされています。父である山神・オオヤマツミが、数ある山岳の中から富士山を与えたという伝説から、富士山に鎮まる神として祭られるようになりました。 神話では、皇統に寿命があることの由来として、コノハナサクヤヒメが登場します。 その昔、天孫・ニニギノミコトがコノハナサクヤヒメに求婚した際、父・オオヤマツミは姉のイワナガヒメも一緒に嫁がせました。しかし、醜女であ...